東京地方裁判所 昭和23年(ワ)1367号 判決
原告 山口武正
被告 俵和子 外二名
一、主 文
被告等は原告に対し東京都中央区月島通四丁目四番地所在木造瓦葺二階建住宅一棟建坪八坪八合八勺二階五坪のうち二階六疊一室及びこれに附属する廊下階段を明渡し玄関、台所及び便所は原告と被告俵和子及び同俵登志江との共用とし、同被告等は原告がここへ行き來するためにこの家屋のうちのその余の部分を使用することを妨げてはならない。
原告その余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一は原告、その余は被告等の負担とする。
この判決は原告勝訴の部分に限り金二万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告等は原告に対し主文第一項記載の家屋を明渡せ。被告俵和子及び登志江は昭和二十三年四月九日から右家屋を明渡すまで一ケ月金二十一円五十銭の割合による金員を支拂え。訴訟費用は被告等の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。
主文第一項記載の家屋はもと訴外神山壽喜子の所有で、被告俵和子及び同登志江の亡父俵昇が同人より賃料一ケ月金二十一円五十銭毎月末日拂い期間の定めのない約束で賃借し居住してきたのであるが、原告は昭和二十二年五月三十日神山からこれを買受け、同年九月一日移轉登記を了し、亡俵昇に対するこの家屋の賃貸人たる地位を承継した。もともと原告がこの家を買受けるようになつた事情は、原告は昭和二十一年十二月中支から復員したが住居がないため一時姉の夫である松浦方に同居した。しかし松浦方は狹い上に、その後松浦の甥が復員し、住居に困りこゝに同居しなければならなくなつたので、松浦から立退きを求められるに至つたが立退くことができないため、松浦の親戚からも非難され、姉夫婦の間も円満に行かなくなつた。たまたま原告は神山が財産税納入のためにこの家屋の買取を昇に懇請し昇との間に一旦賣買契約が締結されたが、昇が契約を履行しなかつたことを聞き昇の諒解を得て自分の住家とするためこの家屋を買受けたのである。從つて原告は明渡を求める正当な事由があるので昇に対し一間でも明渡してくれるよう懇請したがこれに應じないので原告は昭和二十二年十月八日昇に対しこの家屋の賃貸借契約の解約を申入れた。從つてこの賃貸借契約は前記解約の申入れをした日から六ケ月経過した昭和二十三年四月八日の満了を以て終了し、昇は以後この家を使用する何等の権限がなくなつたのである。然るに昇はこの家を明渡さないので、原告はいよいよ居住に困り、住宅のある勤め先を探し求め昭和二十三年九月從來の勤先である京橋運送株式会社をやめて同年十月一日から清水建設株式会社に入社し、一時同会社のバラツクに居住していたが、昭和二十四年一月から同会社の寮には入つている。しかし原告は運轉手で臨時雇であるため、本來寮に居住することが許されず、右の寮も三ケ月の約束では入つたのであつて、現在会社から明渡しを求められている。他方被告櫻井は昭和二十一年八月中旬この家から他へ轉出し、原告がこの家を買つた当時にはこの家に居住していなかつたが、原告が買受けた後昭和二十二年六月二十四日になつて、この家には入つたものであつてその後その勤先である月島機械株式会社の社員寮の一室五疊を割当てられたから、独身者である同被告はこの家を明渡すに何の支障もない。昇は昭和二十四年八月三日死亡し、被告和子、登志江の両名が遺産相続により昇の賃貸借上の地位を承継すると共にこの訴訟関係を承継したものであるが、登志江はこゝに居住せず、被告和子と被告櫻井の二人だけがこの家に居住している。このように未婚の青年男女二人だけが共に一つの家に居住することは、二人のためにならないばかりでなく、この家は二階六疊、階下六疊、三疊の三間があつて、居住に相当の余裕もある。從つて前記解約の申入当時にくらべて今日では一層明渡の正当事由があることになるから、仮に前記解約申入当時明渡の正当事由が不十分であつたとしても、今日では明渡の正当事由が十分であるから、本件賃貸借契約は有効に解除されたことになる。
また仮に解約の正当事由がないとしても、昇は家主たる原告の承諾なくして、前記のように被告櫻井にこの家の二階を無断轉貸したものであつて原告は昭和二十二年十月二十日東京簡易裁判所における家屋明渡の調停の際、昇に対し賃貸借契約解除の意思表示をしたから、本件賃貸借契約は解除となつた。
以上何れの理由からするも、被告櫻井はこの家を占有する権限がなく、また被告和子、登志江はこの家を明渡す義務があるに拘らず、これを明渡さないから、原告は被告櫻井に対しては家の所有権に基き、被告和子、登志江の両名に対しては、賃貸借契約終了を原因としてそれぞれ明渡を求め、かつ明渡義務不履行による損害賠償として、解約の効力の発生した日の翌日である昭和二十三年四月九日から明渡済に至るまで、一ケ月金二十一円五十銭の割合による賃料相当の損害金の支拂を求める。
被告等訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として次のとおり述べた。亡俵昇がこの家屋を前所有者訴外神山壽喜子から賃料毎月未拂い、期間の定めのない約束で賃借したこと、原告主張の日に解約申入のあつたこと、この家の間取が原告主張のとおりであること、被告櫻井は二階六疊一室を亡俵昇より間借りし居住していること、俵昇は昭和二十四年八月三日死亡し、被告俵和子、登志江の両名が遺産相続によりその賃貸借上の地位を承継したことは認める。この家屋の賃料が一ケ月金二十一円五十銭であること、神山が昇にこの家屋の買取方を懇請したこと、原告が昇の諒解の下にこの家を買取つたこと、被告櫻井は神山の承諾を得ないで昇から轉借していること、被告櫻井がこの家には入つたのが、原告の解約申入の後でありかつ被告櫻井が会社の社員寮の一室を割当てられていることは否認する。その他の事実は知らない。被告櫻井は昇がこの家を借受けた当時から引続きこの家屋の賃貸人であつた神山の承諾を得て昇から適法に間借しているものである。
<立証省略>
三、理 由
主文第一項記載の家屋がもと神山壽喜子の所有で、被告和子、登志江の亡父昇が同人からこの家を賃料毎月末日拂い、期間の定めのない約束で賃借し居住していたことは当事者間に爭いがない。証人松浦つゑ、佐々木ミツの各証言及び原告本人の供述並びに成立に爭いない甲第一号証によると原告は昭和二十二年五月頃この家屋を神山から買受け、同年九月一日所有権移轉登記を了えて俵昇に対する賃貸人たる地位をも承継したことが認められる。原告が昭和二十二年十月七日俵昇に対して解約の申入をしたことは当事者間に爭がない。
そこで解約申入につき正当の事由があるかどうかにつき判断する。証人松浦つゑ、佐々木ミツの各証言及び原告本人の供述によると、原告は昭和二十一年十二月復員し原告の姉つゑの嫁ぎ先である松浦倉吉方に、他に住家がみつかるまでとの約束で同居した。松浦は理髪業を営んでおり、同家の階下は理髪室と四疊半一室、二階は六疊と四疊半の二室でそこに松浦夫婦、二十歳になるその娘、つゑの妹及び原告の五人が雑居していた。その後松浦の甥がビルマから復員し住居に困つているのにかゝわらず、つゑは自分の弟妹の世話のみしていると松浦の親戚から非難され、松浦夫婦の間でもそのことについていざこざがあつたりしたため、原告は同家から立退くことを求められた。たまたま本件家屋を所有していた神山壽喜子は財産税を納入するため、その所有の貸家を賣却する必要に迫られ、佐々木ミツにその賣却方を依頼した。佐々木は俵昇にこの家屋の買取を交渉し神山と同人との間に賣買契約が成立したが、俵は代金を支拂わないので右契約は解除となつた。原告はこの家屋が賣物になつていることを聞き右の事情で住居に困つているので、この家を買うことをつゑに頼んだ。つゑはこの家に俵が住んでいることを知り、俵に対し俵が買わないならば、原告が買うということを告げて原告は衣類を賣るなどして金をこしらえ神山から買受けた。その際つゑはこの家屋の中、三疊一間でも明けて貰いたいと俵に頼んだが、俵からはその返事が得られなかつたけれども、買取れば明けて貰えると思い、原告も移轉料を出せば明けて貰えると考えて買取つたことが認められる。凡そ他人の賃借中の家であることを知つて家を買受けた者は從來の賃借人に対して軽々しく家の明渡の請求が許されるべきものではない。もしたやすくこれを許すことになると、建物買取の資力のない賃借人の居住権が不当に脅かされることになるからである。從つて明渡の正当事由の解釈も他の場合にくらべて一層嚴格に解すべきであつて、買受人が建物の全部の明渡を求めるためには、買受人が居住に極度に窮しかつ建物の全部の明渡を必要とするばかりでなく、買受けの際の事情、賃借人が他へ移轉することの容易であること等、各種の事情を斟酌し明渡しの眞にやむを得ないと思われる場合でなければならない。然るに原告は現在居住する寮は明渡を求められているとはいえ、ともかくも現在の居住はありこの家を買受けるに当つても、明渡につき居住者の十分の諒解を得ることもなく、買受けたならば明渡して貰えるであろうと当然考えて買受けたものであつて、寧ろその不明は原告にある。被告櫻井はその後会社の寮の一室が割当てられたことは後に述べるとおりであるが、被告和子は俵昇の死亡後現在一人で内職として洋裁をやり、階下六疊を居間に三疊を仕事場として使用しており、山口縣下に亡父の実家があるがそこへは帰れないので、將來こゝで家庭を持ちたい考えであることは、同被告本人訊問の結果によつて認めることができる。原告本人訊問の結果によれば、原告は夫婦二人きりの生活であることが認められるから、この家屋の一部の明渡を受けただけでも居住の目的を達せられない訳ではない。從つてこの家屋の全部の明渡を求める正当の事由はなくこの家屋全部につき解約の効力を生じたとの原告の主張は失当である。
しかし原告は右に述べたように居住に困つてこの家を買受けたのであるが、原告本人訊問の結果によれば、昇がその家屋の一部の明渡にも應じないので、居住に困り、宿所のある会社に職を求め昭和二十三年九月從來勤めていた京橋運送株式会社を退社し同年十月一日から清水建設株式会社へ臨時雇として勤め一時同会社のバラツクに居住していたが、昭和二十四年一月同社の寮へ三ケ月の約束で一時入れて貰い、同年二月結婚し引続き夫婦二人で同所に居住しているが自動車運轉手で臨時雇であるため本來寮に居住することが許されず、同年十月頃から同所を立退くように会社から求められていることが認められる。然るに被告櫻井充の供述によると同被告はまだ独身で一人でその二階六疊に居住しているのであるが、昭和二十四年五、六月頃勤務先月島機械株式会社の寮の五疊一室が同人に割当てられたが五疊では狹くて荷物などが置けないことを理由に移轉しなかつたことが認められる。凡そ現在のように住宅難の場合には貸主も、借主も相手方の立場を考え互讓の精神をもつて、多少の不便は忍んでも、住宅事情の緩和に努めるべきであるのに、被告櫻井はこのように家屋の所有者である原告が住家に困りその明渡しを求めているとき勤務先会社からその寮の五疊一室が割当てられ、そこは同被告が現に居住している部屋にくらべ僅か一疊しか狹くないのに荷物などの置場所がないとて移轉せず、原告の明渡しの求めに應じなかつたことは不当であつて、同被告がそこに移轉しなかつたため、その後会社からその割当を取消されたことは同被告の供述するところであるが、仮に割当が取消され現在移轉先がないとしても、それは自ら招いた結果であつて、その理由で移轉を拒む事由にはならない。本件家屋が二階六疊、階下六疊、三疊の三間であることは当事者間に爭なく、原告は夫婦二人であるからこの家屋のうち二階六疊一室の使用ができれば、まづ日常の生活にかくるところはなく被告俵和子は現に使用している階下二室をそのまゝ継続して使用することができれば十分である。このような原被告等の事情を考慮すると原告の解約申入はこの家屋全部については正当の事由はないが二階六疊一室とこれに附属する廊下、階段の明渡と玄関、台所及び便所を共用とする限度においては正当の事由があるものというべきである。尤もこれらの明渡の事由は前記解約申入後に生じた事由も加つている。しかし解約の申入後も引続き明渡を求め、殊に明渡の訴訟を起しているような場合には、解約の申入は継続してなされているものと考えられるから、その後新な明渡事由が生じたときは、その際改めて解約の申入をしなくともその際解約の申入があつたと同様、それから六ケ月の経過により解約の効力を生ずるものと解するのが相当である。それ故これ等の事由が生じてから六ケ月を経過した今日では、右の賃貸借契約は前に述べた限度で解除になつたものと解すべきである。從つて被告櫻井は原告に対しその部分を明渡す義務があり、俵昇が昭和二十四年八月三日死亡し被告和子、登志江の両名がその遺産相続をしたことは当事者間に爭がないから被告和子、登志江はその部分の明渡義務を承継したものである。
原告は仮に解約申入の正当事由がないとしても、俵昇は被告櫻井にこの家を無断轉貸したから、この家の賃貸借契約を解除すると主張する。しかし被告櫻井充本人訊問の結果によれば、同被告は俵昇がこの家を賃借する前からその二階を間借しており家主の差配である松浦もこれを知つて承諾していたものであつて、俵昇がこの家を借受けてからも引続き間借し昭和二十一年九月十二日勤め先の会社の都合で一時豊橋に出張していたが昭和二十二年八月頃東京に帰りこの家に帰つてきたので、その出張不在中も賃料を支拂い引続き間借していたのであつて、原告主張のように新に轉借したのでないことが認められる。從つて無断轉貸を理由としてこの家屋の全部の明渡を求める原告の請求は失当である。
次に原告は被告に対し右賃貸借契約の終了した昭和二十三年四月九日から明渡済に至るまで一ケ月金二十一円五十銭の割合による賃料相当の損害金の支拂を求めているが、原告は右賃料又はその相当額について何等の立証をしないからこの点についての原告の請求も認めることができない。
かような次第で、原告の本訴請求は被告等に対し前記の部分の明渡及び共同使用を認めた限度において正当であるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却すべきものとし訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九條、第九十二條を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 千種達夫)